■
『なぞなぞです。
どんな道にも、二つの川があります。
さて、なんでしょう?』
道は川に沿って進んでいた。
険しい山脈の麓、舗装もされていない砂利だらけのまっすぐな一本道。東の向こうから西の向こうに向かって、山脈といっしょにずっと伸びていた。
その日は、やけに高く澄んだ青空が広がっていた。雲ひとつなかった。
時刻は正午を過ぎた頃。照りつける日差しの中、砂利道に、砂煙を上げながら走る一台のモトラド(注:二輪車。空を飛ばないものだけを指す。)と
、それにまたがる一人の旅人の姿があった。
「……暑いね」
「まったく、熱いね」
モトラドと運転手──旅人は会話を交わしつつ、西へ向かって走る。
この土地は乾季に入っており、気温は日々高くなっていく一方。山脈は青々と茂り、空には大きな鳥が浮かんでいる。
運転手はじっとりと噴き出してくる汗をそのままに。日光を吸ったモトラドの車体はすっかり熱の塊になっていた。
速くもなく遅くもない走行。小石を気にしつつ、時折山脈から吹き付ける風に気をつけながら、運転手はたくみにハンドルをさばいていく。
「でも、川沿いの道を進んだのは正解だった」
と、運転手。
「もう片方の……きっと草原を抜ける最短コースを選んでいたら、ボクは干からびていただろうから」
「アソブロックがいっぱい、ってやつ?」
「……あのぶどうはすっぱい?」
「そうそれ」
「流石に厳しいと思うよ、これは……」
それに結果オーライなのだから、と運転手は付け加えた。
旅の行程は順調だ。最短コースと比べて半日の差があるとはいえ、このペースでいけば明日の昼には次の国に着くだろう。
道はずっとまっすぐだし天気も悪くない。しいて問題を挙げるなら順調すぎて暇なことぐらい。
旅なんてそんなものだ、と言い切ってしまえばそれまでなのだけれど。
「どんな道にも、二つの川があります。さて、なんでしょう?」
「……なんだい、それ?」
あまりにも暇なので、運転手がそろそろ昼食でも、と考えていたときだった。
モトラドが突拍子もなく言った。
「忘れたの? 前の国で子供に出された『なぞなぞ』だよ」
運転手はひとつ前に立ち寄った国のことを思い出そうとして、やめた。
滞在して一日目は良かった。平和で、安定した国だと思った。
二日目以降は、あまり思い出したくない。
「ああ、そういえば……そんなこともあったような気がする」
「さて、なんでしょう?」
道に二つの川。
大きな車道なら、「みぎ『がわ』しゃせん」「ひだり『がわ』しゃせん」ということだろうけれど、問題に『どんな道にも』と提示されているので小さな──それこそいま走っている砂利道なんかには、そんな概念が適用されない。
かわ、かわ……。流れるもの……? 道路……。みち……。
運転手は頭を捻るが、暑さのせいか、いい答えが浮かばない様子だった。
うちがわ、そとがわ……? よくわからないな……。
「どう? 降参?」
しっかり答えまで覚えていればよかった、と少し後悔する。
いや、でもあのあと『あんなこと』があったので、はやく忘れてしまいたい気持ちが勝っているのも確かだった。
「か、鴨川デルタ」
「なにそれ」
「京都の賀茂川と高野川が巡り合う場所、なんだけど、これはどう考えても違うな……。忘れて」
「うん、どんな道にも京都はないしね」
しばらく、運転手はああでもないこうでもないとうなりながら──しかしハンドルは慎重に──走っていた。
それでもまったく、答えが浮かばないので、とうとう運転手は降参して、
「……ダメだ。答えはなんだい?」
「降参? でも残念。答えは教えられないよ」
「どうして」
「ぼくも答えを知らないからさ」
二人はしばらく黙った。
モトラドが走っていく音だけが青く澄んだ空に吸い込まれていく。
ぴーひょろろろー。鳥が鳴いたようだった。
「あ……そう」
「だから答えを覚えてないかな、ってね」
「まったく」
「なら仕方ないね。この『なぞなぞ』は次の国ででもやろうか。もしかしたら答えが返ってくるかもしれないよ」
「そうだね。よし、昼食にしようか」
二人はなんともいえない気だるさに包まれながら、だんだんと速度を落としていく。
でも運転手は考えていた。
たぶん、「むかうがわ」と「くるがわ」なんじゃないのかな、と。
乾季に入った山脈の麓。山と川に挟まれた一本の砂利道が、ずっとずっと西側に向かって伸びていた。