昔話をしよう


むかしむかし、ある村に一人の笛吹きが居りました。
その村で笛が流行っており、男もつられてやりはじめたところ、これが楽しくてたまりません。
男はすっかり笛の虜でした。



男は熱心に練習しました。
毎日毎日、飽きるほど練習しました。
日が暮れても日が昇っても雨が降っても風が吹いても、毎日毎日練習していました。




ある日のことです。
男の親友が、やはりみんなに影響されて笛を吹き始めます。
親友は男にとって、大事な人でした。
同郷から一緒の親友でした。男の故郷は山を幾つも越えた先にあります。
男も嬉しくなって、一緒に練習していました。
毎日毎日練習しました。楽しくて嬉しくて喜ばしい日々でした。




それから二ヶ月した日のことです。
男は悩んでいました。
あの日から、親友の影が纏わり付いて離れないのです。
日に日にどんどん上達していく親友。
何ヶ月か先にはじめていた自分より、親友は巧くなっていました。
打って変わって男はスランプでした。何をやってもダメで、いままで出来ていた曲すら吹けなくなっていました。男は悩みます。



ついに親友は男を抜き去って、ずっとずっと巧い曲を吹きこなしていました。
男はあれからいくつもかわっていません。
男は毎日嘆くようになり、諦め始め、自棄になって吹いて、それでも追いつけない親友を次第に憎むようになりました。
自分が巧くなれないのは、あの男が居るからだと考えたのです。
あの男の存在が、自分にプレッシャーを与えている。だから出来ない。
そう、勘違いしはじめたのです。



男の勘違いはエスカレートしていきます。
そしてとうとう、男は心の中で、親友を殺し始めました。
幾度も幾度も、あらゆる方法で親友を殺します。
妄想に浸っている間だけは、男は幸せでした。
毎日毎日、殺す日々。
殺して殺して、それでも殺して。
殺しつくしても、まだまだ足りずに、飢えていきます。



気がつくと、男は親友を殺していました。
あぁ、なんということでしょう。男はついに、想像の中では飽き足らず、現実の親友を手に掛けてしまったのです。男の手は真っ赤に染マリ、目ノ前ニハ首ト胴ガ別レタ親友ノ姿ガ、ガ、ガ、ガ、ガ、ガ




男は泣きました。
あれほど大好きだった親友を、この手で殺めてしまったのです。
男が泣いても泣いても、親友は帰ってきません。




ですが、男はまた勘違いしてしまいます。
「そうだ、あの男が消えたのだから、おれはやっと笛が吹ける」
男は再び笛を吹き始めましたが、その音は歪で気味の悪いものしか出ません。
それでも男は満足でした。笑って笑って、笑いながら笛をずっと吹いていました。
これで自分より上達するものはいない。
アイツがいないから。
あれ?
でもこれは、アイツより巧いのか?
あのとき聴いた音はこんな音ではなかった。
アイツの音はこれよりよかった。
あぁ、畜生。なんだって、おれがずっと練習しているのに。
どうしてだどうしてだ。





男は気付くべきでした。
男が怖がっていたものは、親友などではありませんでした。
心の中に住み着いた、「自分より巧くなっていくものへの恐怖」だったのです。
男は気付くべきでした。
幾度も親友を殺したときに。
どうしてこれほど殺しても、何故いつも心が晴れなかったのかを。
一度目に心の中で殺したとき、気付くべきだったのです。
男は気付くべきでした。
スランプだと、悩み始めたとき、自分が笛にまったく触れていなかったことを。
何ヶ月も前から、ずっと笛を吹いていなかったことを。
吹かない笛はちっとも上達するはずがないことに気付くべきだったのです。
男は気付くべきでした。
誰かを殺したところで、何も変わることはないのだと。
自分の気に入らないものを排除してまわっても、結局は自分が変わらなければ、
なにも変わってくれないということに、気付くべきだったのです。




男は気付くべきでした。
自分の腹ニ、短刀ヲ突キ刺ス前ニ。




男は死んでいました。
けれど男は笑顔でした。
男は勘違いしていたのです。
勘違いしてしまっただけの、悲しい結末。
いったい何処が間違っていたのか、男は知らぬまま、終わりを迎えます。



どこか遠い村で起こった凄惨な殺人事件の結末は、哀れなものだったのです。