まちぼうけ


 あれはたしか、大分前の話だ。
 ふと思い出したのでここに書き記すことにする。誰が読むということはないだろうけれど、まぁ日記とかそういうものだ。だからこれを読んでいるやつがいるとしたら、この日記のことは黙っていてくれ。恥ずかしいということもあるけれど……。あんまり良い思い出でもないしなあ……。
 ぐずぐず書いていてもインクの無駄だし、
 それじゃーまぁ、書いてみるかな!




1.

「いくらゲームだからって、やっぱ死ぬとくやしいなあ……」
 いきなりだが、俺は鮮やかな花弁の上でぶっ倒れていた。
 目の前の画面には「Return To SavePoint」の文字。
 ひらべったく言うと、周りをうろついている赤いも虫に飛び掛っていたら返り討ちにあった。そんだけ。まったくもって情けねぇ、と自分でも思うよ。
「だーっ、ちくしょう……どうするかなあ……」
 ここはMAPの端っこ。プリーストの人が来て蘇生させてくれる見込みも少ないし、そのまま帰ってもいいけど、またここまで来るのが時間かかるし……。
 まったくもう、なんだってついてねえ。
 こんなモンスター、知らないぞ。誰だよ、ここが『うまい』なんていったやつは。




「ねえ、アンタ」
 そのときだった。
 俺の頭の上のほうで白いチャット文字が表示されている。

「アンタよ、アンタ。そこの死んだ剣士」
 どうやら俺のことらしい。画面を広げてみる。
 すると丁度見えなかった位置に一人のアーチャーが立っていた。
 長い真っ赤な髪の毛に、白いヘアバンドをとめたやつだ。
「あ?なんだよ、なんか用かよ」
 プリーストさんかも! という淡い期待を裏切られた俺は、なんだかつっけんどんに答えてしまう。あー、発言したあとでちょっと後悔。

「用かよ、じゃないわよ。アンタさっきあたしの獲物、横取りしたね?」
「……は? 誰が横取りなんてするかよ。来たばっかりで死んだし」
「嘘よ!こんなところに来る剣士なんて少ないじゃない。ましてや赤い髪のポニーテールにヘルムだなんて、アンタしかいないでしょ?」
「名前は見たのかよ」
「うっ……。が、画面のはしっこだったから見えなかったのよ……気がついたら、行っちゃって……」
「は? まさかおまえ、画面端ぎりぎりの敵を狙って撃っていた?」
「そうよ。だってそれがアーチャーの特権でしょ?」

 

 こいつ……まさか、超初心者じゃないのか……?
「あのなあ、画面端の敵ばっかり狙っていたら横殴りになっちまうだろ?」
「なんで? みんなそうして闘っているじゃない?」
「はぁー……画面端っこのヤツへの攻撃は、相手側に見えない場合もあんの!」
「へ? そ、そうなの……?」
「だから相手がわかってないうちにお前が横殴りしていたってわけ。逆だ、逆」





 案の定、アーチャーはめちゃくちゃ初心者だった。ルールもマナーもわかっちゃいねえ。
「なぁおまえって、初心者……? レベルは?」
「うん、今日で三日目。レベルは三十八よ」
「……高いな。どうしてそんなに高い?」
「僧侶の人に助けてもらったのよ。たしか、三十五ぐらいまで」
「ふぅん……。でも戦い方の基本とかマナーは教えてもらってないみたいだな」
「うっ、うるさいわねー! あたしだって教えてもらったらできるのよ!」
「なにムキになって……あっ、あぶねえ!」
「え? あ……」











「サイッテー……」
「敵が近づいているのくらい気づけよ……」
「だって、文字を打ち込んでいたら画面なんか見えないじゃないの」
「ブラインドタッチもできねーの?」
「アンタらみたいな一日中ゲームばっかりのパソオタと違ってねえ、あたしはフツーの女子高生なの!」
「パッ、パソオタぁ?」
「なによ、ほんとのこと言われて腹でも立った? ていうか、アンタも同じようにしてやられちゃったンじゃないの?」
「そんなわけないだろ」
「どうだか。アンタもどうせ、下手でしょ」
「ッ……。おまえみたいなヘッッッタクソで文字も打てないような超初心者中の初心者プレイヤーなんかに偉そうに言われたかねえよ!」




 ……あ、言い過ぎた。
 いやでも相手も相手なりに言ってきたし。
 俺は悪くなんてないよな?
 なあ、おい、なんか言えよ……。





「じゃあ、アンタがあたしを巧いプレイヤーにしてみなさいよ」
「は?」
「そんだけ、大口叩けるなら出切るでしょうね?」
「い、いや……それは……」
「ほら、できないじゃない。あんただって私と同じヘタクソプレイヤーでしょ」
「ッ……! 言わせておけば……。あぁやってやらぁ! てめぇを一流のハンターにまで育ててやるよ!」

 うわぁー……。
 思い返してみるとバカな言い合いでこうなっちまったんだよな。
 まったく情けねえ。









2.



「……で。まずは何をするのよ」

 いったん首都プロンテラに戻った俺は、このクッソ生意気なアーチャーとパーティを組むことにした。案の定、こいつはパーティの組み方も知らない。





「まずは回復アイテムだな。ニンジン、買えるか?」
「ふーん、ニンジンね」
「この露店で販売中だから、ある程度買っとけ」
「おーけー。すみませぇん、百本ください」





輝く白いチャット文字。





「ば、ばかっ! 発言するじゃなくて露店をダブルクリックだよ!」
「この『にんじん12z』ってとこ?」
「そうそう・・・あと、Ctrlキー押しながら発言してみろよ」
「・・・あれ? 文字の色、変わった」
「それでパーティにしか聞こえないチャット、な」



そういえば俺も初心者のときにそんなことをやりそうだったことを思い出す。
衛星都市イズルードに生れ落ち、剣士を目指してポリンを叩いていた毎日。




「89」
「だからそれ、発言」













「はー、けっこう歩いたわねえ」
「クリックしただけだろ……? で、ここがクワガタ湖だ」
「ふーん。でもここ崖みたいな場所ないね」
「……おまえ、いままでずっと、崖の上から撃って?」
「うん。そういう戦い方じゃないの?」
「それノーマナーな」



 とりあえず俺は身近に居たホルンを叩く。
 ホルンというのはクワガタ型のモンスターなのだが……解るよな?

「ほれ、撃ってみろ。……なんか効かないな。DEXいくつ?」
「DEX? あー、ステータスのとこの?」
「そうそう。命中度を表すステータスだな」
「四十よ」
「四十……? それなのになんでこんな……武器は?」
「コンジポットボウに銀の矢」
「コンポジット……あー、やっぱ武器の問題……って、火矢使えよ! 火矢!」
「銀のほうがほら、強そうじゃない?」
「火属性のほうがコイツには効くの! 持って来てないのかよ!」
「しかたないでしょぉ? 銀しか貰えなかったから」



 聴くところによると、装備品は全部貰い物。Lvも壁であげてもらった。ゼニーはあるみたいだけどプレイも初心者丸出し。いちいちクリックしなくていいのに……。





「ねえアンタ、がんがんダメージ受けているけど大丈夫なの?」
「あー……俺は、Vit型だからな。ダメージくらっても多少は平気だ」
「そうなの? じゃあ私も上げようかな」
「アーチャーならAgiじゃねぇーの?」
「Agiってなんだっけ」
「素早さの数値。あがったら回避と攻撃速度が上がんだ」
「へー。そんじゃそっちのほうが強いじゃン。 当たらなきゃいいンだし」
「まぁそういうこった。でも剣士はVitのほうが強いぜ」
「あたし剣士じゃないもん」
「……あ、そ」








 しばらくホルンを叩き、俺のニンジンが切れそうなので帰ることにした。
 銀、だしな……攻撃おせぇし。
 俺の予想より遥かに殲滅は遅かった。





「戻るから、ほれ、これつかえ」
「蝶の羽?そんなの使わなくても死んだらいいじゃン」
「死んだら経験減るからな。いちおう使っとけ」
「ふぅーん……うん、わかった」










3.



「おつかれさま!」
「疲れてないけど?」
「こういうときはこういうの。おつかれさま」
「そういうものなのね……おつかれさま」
ごった返す人の波から外れて、端っこの壁際に二人して座る。

「人、多いな」
 ぽつりと、確認するように俺が言う。
「これってさ……全部、人が動かしている、だよね」
「そりゃそうだろ。そういうゲームだし」
「アンタも、だよね……」
「おまえもだ」
「あはは、たしかにね」
 なんだか、画面の向こうのこいつのため息が聞こえたような気がした。
「あたしね、誰よりも強いキャラクターを作ってみたいと思ったのよ」
「なんだそれ」
「やっと繋がったインターネットでさ。ゲームやってみたくて、このゲームはじめて……どんなのより、強いキャラクターを作ろうと思った」
「いやそいつは……無理だろ」
「だけど、アンタはあたしよりずっと強い。何でも知っていて、きっとレベルもあたしより高いでしょ?」




「うっ……それがな……その、そっちのほうが高い」
「え? なんで、どうして?」
「ア、アーチャーはLvが上がりやすいからだ! 剣士よりな!」
「ふぅーん……それなのに、『壁』だっけ? してくれたンだ。経験値入らないでしょ?」
「初心者には優しいの。紳士的だろ?」
「ぷっ……うんうん、かっこいいよーきみ」
「ほんとにそう思ってっかぁ?」
「思う、思う! メッチャくちゃ思うよ! ……って、あ」
 彼女が会話を止める。不意に申し訳無さそうに。
「ごめんっ、もう寝ないと」
 時計を見るともう深夜の一時を越えるところだった。
「そうだな……そんじゃーそろそろ寝るかあー。ゲームの終わり方解る?」
「それくらいわかりますぅー。そんじゃね、おやすみ!」
「おう、また明日な!」







 それから数日。あいつと出会うことはなかった。





 毎日ログインしてはパーティ表示を見る。あいつは居ない。
 あの日と同じ時間、同じ場所。俺は冒険にも出かけず、じっと座り込んで待っていた。





「よう!何してンの?」
「……? ……あっ、先輩。こんちわっス」
「回復中?」
「いえ、人を待っています」
「人を、って・・・おまえ、ずぅーっとここに居るだろ?」
「……見られていましたか」
「あぁ。おまえを誘おうと思ったけど動かないモンだからAFKかと思った」
 こうして話をしている間にも、あいつがログインしてこないかと期待している。
「なぁ、狩りいかねーか?」
「いえ、待っていますんで」
「……そか、がんばれな」







 それからまた数日がたった。
 俺がまたその時間にログインすると。



「あ」
「あっ……」
 そこにあいつが居た。
「お、おう。久しぶり」
「うん……久しぶり」
 なんだか元気がないように思えた。
 実際、画面の向こうのこいつのことなんてわからない。
 けどそんな雰囲気が伝わってきた。
「え、えーっと……あ、あのね。あたし間違えたの」
「……何を?」




「サ、サーバー……」



「はぁ?」
「だからね、ログインサーバーを間違えたのよ! こっちじゃなくて、この一つ上だって、友達が……」
「あ、あー……そういうことね」
「だから、その、あたしそっちに移ることになって」
「そっか。良かったじゃン。友達が居るとこのほうがいいだろ?」
「でも、でもアンタと約束……」
「ンなこと気にするなよ」
「……だ、だからさ! アンタもあたしと一緒にサーバー、移らない?」







「……あ、いや、それはー……」





 移る?
 サーバーを。俺が?
 このキャラを、捨てて……?





「……いや、俺は残る」
「なんでっ……?」
「残るって、決めたから、残る。それだけだよ」
「い、いっしょに来てくれたっていいじゃない」
「ウッセーな!俺がこっちに残るって決めたから残ンだよ!」
「なっ……なによ! うそつき! あたしを一流のハンターにまでしてくれんじゃなかったの?」
「そんなもん、その友達とやらにやってもらえばいいだろ!」
「……ッ! ア、アンタ……」
「なんだよ? もう向こう行ったらどうだ? 俺はいまから狩りに行く。忙しいから、話かけるなよ」
「っ……。バ……バカっ!」





 なんであのとき。俺はこっちに残るって言ってしまったのだろうか。
 きっとまあ俺は長いことこっちで待っていたっていうのに、いきなり移ろうとか言われて意地になっちまった、ってとこだろなーと思う。
 パーティはメンテ中のエラーとかで無くなり、それからあいつと連絡をとることはなくなった。





 たった1日。
 たったの数時間。
 あの日、あの時、あの時間だけ過ごしただけのカンケイ。
 それなのになんで。こんな辛いのだろう。









4.



 あれからまた、数週間が経ったある日。

「だーくそ、まだ勝てないのか……」





 俺はまたでっかい花弁の上でぶっ倒れていた。
 すでに騎士となった俺ですら、あの赤いも虫に勝てない。




『隊長、大丈夫ぅ?』
 ギルドにも所属した。今では俺は何故か『隊長』なんて呼ばれている。
『死んだぁークッソォー』
『隊長、どこだっけ? アルギオペ? 私、近いから起こしに行こうか?』
『うーん……そうだな、頼むわぁ』
 そういえば、あの時もここで、こんな風にして、出会ったのだ、あいつに。
 忘れていたたわけじゃないけど、できるだけ考えないようにしていたコト。
 それをいま、急に思い出した。
 あれかなあ……恋?







 バッカみてぇ。









「……で、また倒れているわけ?」
「あ……?」
 真っ赤な長い髪に、真っ白なヘアバンド。
 中空で羽ばたき続けるファルコンを連れたハンターの姿。
「……アンタが迎えに来てくれないから、ハンターになっちゃったじゃない」
「……んだよ、それ。向こうに行ったンじゃねぇのかよ」
「バカ……あんたがヘタクソすぎるから、アタシが教えてあげようと思ったのよ」
「そりゃこっちのセリフだろ?」
「どっちもよ」
「違いねえ」
 俺がもし、このゲームの中で生きる一人の人間なのだとしたら。
 きっと青い空の真下で、ぶっ倒れながらニコニコ笑っているのだと思う。
 なに笑ってンの、なんてこいつに言われながら。
「笑った……?」
「笑ってねえ、なんでいきなりそんなこと言うンだよ」
「さぁ……そんな気がしただけ」
 なんだかよくわからない気持ちになった。
 嬉しいンだか、むかついてンだか、喜んでいいンだか。
 だから俺は、思い切って言っていた。







「なぁ、またいっしょに、冒険しねえ?」


 フィーリングってやつかなあ……。
 なんだか、こいつとなら、いつまでもいっしょに冒険できる、とか思ったわけだ。
 理由なんてこういうのに要らない、って実感した。


「……ごめん、あたしきっと全然接続できない」
「どうして?」
「あは……成績悪くなっちゃって、さ……今も友達のところから接続して……パソコン自体が親に止められちゃって」
「また、しばらく会えない?」
「たぶんね……でもさ」








「でもさ、アンタに会えてよかったって。ここにきたらアンタに会えるかもしれない、と思ったら、やっぱ会えたからって。そう言った」
「それってさ、すごい確立ですよね。やっぱり運命ってやつでしょうか」
「偶然にしちゃできすぎてるよなあ」
「ですよねえ。なんだかドラマチックですね。それでそのハンターさんは?」
「そういや、あれから出会ってないなー。もう引退したのかも」
「私が行った時にはもう居られませんでしたしね」
「まっ、あいつがまだやっているならまた出会うさ!」
「それもまた、ドラマチックですねぇ」
「だよなぁ。……うっし、話も終わったし、そんじゃーそろそろ狩り行くかぁー!」
「はいはい。ポタ出しますね。準備は大丈夫です?」
「おうっ」








「やっぱ、会えたから……。ほんとに良かった」
「泣いてンじゃねぇよ」
「バカ、泣いてなんかないわよ」
 ただそんな気がした。
「ほんとに?」
「う……ちょっとだけ、泣いた」
 もしかしたら俺たちは、この世界を通して繋がっていたのかもしれない。
「でね、あたしはアンタに言って置きたかったことがあるのよ」
「なんだよ?ヘタクソだとかVitのくせに軟いよね、とかか?」
 もしそうだとしたら。
「バ、バカッ、そんなコトじゃないわよ!」
「だったら何だよ? 言ってみろよ」
「……そのっ……えーっと」
 そうだとしたなら……。






「あ……あ、ありがと!」
「…………」





 俺のこの頬を伝う涙の感触さえも、伝わっていればいいのに。




「な、なんか言いなさいよ!」
「…………」
「ねえ!」
「……ンー……ま、どういたしまして?」
「なにそれ。はっきりしないわねえ……」
『隊長〜どこらへんに居ますか〜?』
「ああ、右端のへん」
「?」
「悪ぃ誤爆
「ギルチャ?」
「うん」
『右端のへん』
「そ、う……。そんじゃ、あたしそろそろ落ちるわ。友達が次、やるってさ」
「……おう。それじゃーえーと……」
「またな、でしょ?」
「…………またな」






「うん、また───」








 どこまでも抜けるような青い空に、浮かぶ白い雲。
 遠くから虫の鳴き声が響き渡り、大地には入道雲の影。
 吹き抜ける南からの風と、甘い花の香り。
 そこに混じった彼女の残り香が、俺の頬を伝う涙のあとを乾かしてくれた。